心理学勉強記録

このブログは、心理学を学んでいる私が、日々のテキストを自分なりに解釈しながらアウトプットしていく記録です。 主に自分自身の復習用として作成していますが、心理学に興味のある方、これから学び始める方にとっても、何かしら参考になる部分があれば幸いです。

『物語としての心理療法』要約⑰ ― 第2章:認識としてのナラティヴ──ナラティヴにおける善悪と行為のガイド

※本記事は、ジョン・マクレオッド著『物語としての心理療法』(誠信書房)第2章の要約および私見を交えた学習記録です。ナラティヴ・アプローチに関心を持つ初学者にも親しみやすい語り口で整理しています。

 

 

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● ナラティヴにおける善悪の判断

 

ナラティヴは、社会的場面において「どのように振る舞うのがよいのか」という行為のガイドラインスクリプトを提供する機能を持っています。「良きサマリア人」の物語や暴力的なストーリーなどは、善悪の判断を伝える一つの型となり、人びとの行為を方向づける働きを果たしています。ただし、これらのストーリーが一方的に行動規範を押しつけるわけではありません。ストーリーは常に、読み手による能動的な意味づけと解釈を促すような「曖昧さ」を残している点に特徴があります。

 

そのため、暴力的なナラティヴが視聴者を即座に暴力的行為へと駆り立てるという単純な因果関係は成り立ちません。多くの視聴者はそのナラティヴに対して一定の批判的距離を保ち、登場人物の行為を真似るかどうかを選択的に判断しています。

 

ラボフとワレツキー(Labov & Waletzky, 1967)は、あらゆるストーリーがそのストーリー固有の善悪の判断に基づいて構成されていることを指摘しました。語り手は、あらかじめ馴染んでいる道徳的価値観や倫理的基準を前提に語りを編み上げていきます。そして、語られる出来事がその善悪の基準に合致しているかどうかが、ストーリーの伝える核心的メッセージとなるのです。

 

こうした善悪の判断は、ストーリーのあらゆる側面に滲み出ています。物語の持つ劇的な力は、多くの場合、「何が正しいのか」「何が許されないのか」といった判断の枠組みを提示するところにあります。ナラティヴの力とは、まさにその善悪の境界線を描き出し、揺さぶる力に他なりません。

 

 

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私見:ナラティヴの貧困と選挙のストーリー

 

ここからは、僭越ながら私見を述べさせていただきます。

 

2025年7月11日現在、参議院選挙の投票日を明日に控えた日本社会において、ある新興政党が、極めて単純で勇ましいだけの物語を用いて若年層の支持を集めているという状況があります。こうした現象を見るにつけ、ナラティヴが人びとの善悪判断に強い影響を与えるという理論の重みを実感せずにはいられません。

 

もちろん、ストーリーの意味は常に読み手の解釈に委ねられるものです。しかし、受け手側があまりにも安易で即物的な解釈しか行わない場合、社会に流通するナラティヴの質そのものが貧困化していきます。批判的思考が育たぬまま、感情的で表層的な物語に巻き込まれていく現代の風潮に、私は強い懸念を抱いています。

 

 

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