※本記事は、ジョン・マクレオッド著『物語としての心理療法』(誠信書房)第2章の要約および私見を交えた学習記録です。ナラティヴ・アプローチに関心を持つ初学者にも親しみやすい語り口で整理しています。
● ストーリーとは何か
物語行為の心理学的研究において、焦点とされてきた中心的な問いのひとつは、「ストーリーとはそもそも何か?」という定義の確立と共通了解の探索でした。人間が物語を語るとき、なぜそれが他のコミュニケーション形式とは異なるのか、その本質を探ろうとする試みが数多くなされてきました。
たとえば、スタインとポリカストロ(Stein & Policastro, 1984)は、物語らしさを評価する実験を通じて、「活躍する主人公」と「因果的な出来事の連鎖」が揃っていることが、ストーリーとして成立する要件であると指摘しました。ポランニー(Polanyi, 1982)もまた、ストーリーとは「過去に起きた出来事を、現在という一点から意味づける行為である」とし、語りの時間性に着目しています。
さらに、ブルーワーとリヒテンシュタイン(Brewer & Lichtenstein, 1982)はストーリーの対人的機能を重視し、ストーリーとは聞き手や読み手に驚き、サスペンス、好奇心、喜びといった感情を喚起するよう構造化された「エンターテイメント」であると位置づけました。
ブルーナー(Bruner, 1986)は文芸批評家ケネス・バークの影響を受けつつ、ナラティヴには以下の5要素――登場人物・行為・目標・場面・手段性――が必要だと述べています。しかし、彼はさらにもう一つの決定的要素「苦難(trouble)」を加えます。これがなければ、ただの出来事の羅列にすぎず、物語としての力は生まれません。登場人物が目標を持っているにも関わらず、それを達成できない――この“ねじれ”こそがストーリーを生き生きとさせるのです。
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● ストーリーの文法と「語り」の構造
こうしたストーリーの定義をより構造的に捉えようとする動きの中で、いわゆる「物語文法」が登場します。たとえばマンドラー(Mandler, 1984)は、伝統的な物語には一定のパターンがあり、主に「場面設定」から始まり、「1つ以上のエピソード」が続く構造を持つと指摘します。このエピソードの中では、主人公が困難に対処し、目標達成に向けて努力することが基本形となります。
スタインとグレン(Stein & Glenn, 1979)は、物語の構成要素として、以下の6点を提示しています:
1. 場面設定
2. 手始めの出来事
3. 主人公の内的反応
4. 状況に対する行動や試み
5. その結果
6. 全体のモラルや評価
このような「文法」は、なんと3歳ごろまでに獲得されるとされ、人間がいかに早期から物語的枠組みで世界を認識し始めるかを示しています。
一方、日常的な「話し言葉」のストーリー構造を分析したのがラボフとワレツキー(Labov & Waletzky, 1967)です。彼らは、語られる物語が次の6つの構成要素を持つとしました:
概要(Abstract):話の要点を要約
方向づけ(Orientation):登場人物、時間、場所などの背景設定
行為の複雑化(Complicating Action):物語を駆動する出来事
解決(Resolution):その結末
評価(Evaluation):物語の意味や教訓
結び(Coda):語り手を現在の時間に戻す締めくくり
この構造を心理療法の文脈に当てはめてみると、クライエントが語るナラティヴにおいては、とりわけ「評価」――すなわち語りの中で何が重要か、どんな意味を見出しているのか――が強調される傾向があるとされます。ラボフ(1972)は、評価とは単なる物語の一部にとどまらず、ストーリー全体を通じてにじみ出てくる要素であると述べています。
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● ナラティヴの限界とナイメイヤーの指摘
物語文法モデルは、ストーリー構造を分析するうえで非常に有用ですが、その普遍性には限界があります。リースマンらは、こうしたモデルが主にアメリカの支配的文化を背景としたものであり、異なる文化的背景を持つ人びとに同様に当てはめることには慎重さが必要だと指摘しています。
本書ではナイメイヤー(Neimeyer)の立場に依拠し、「ナラティヴ」という用語を厳密に「語られるストーリー」に限定する姿勢を取っています。つまり、心理療法の中で展開される全ての行為がナラティヴ的であるわけではありません。情報収集、助言、テストなどはナラティヴには当たらず、また感情そのものや論理的思考も、構造的なプロットを欠いているため、ナラティヴではないという立場が明確に示されています。
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