心理学勉強記録

このブログは、心理学を学んでいる私が、日々のテキストを自分なりに解釈しながらアウトプットしていく記録です。 主に自分自身の復習用として作成していますが、心理学に興味のある方、これから学び始める方にとっても、何かしら参考になる部分があれば幸いです。

『物語としての心理療法』要約19 ― 第2章:認識としてのナラティヴ──ストーリーの評価とナラティヴの限界

※本記事は、ジョン・マクレオッド著『物語としての心理療法』(誠信書房)第2章の要約および私見を交えた学習記録です。ナラティヴ・アプローチに関心を持つ初学者にも親しみやすい語り口で整理しています。

 

● ナラティヴの評価と心理療法

 

前回紹介したように、ストーリーの文法構造には、出来事の流れや登場人物の反応などが含まれていますが、その中でも特に重要なのが「評価」の要素です。

これは、語り手がその出来事をどう捉えているか、どんな意味を見出しているかを伝える部分であり、心理療法においてはここに焦点が当てられます。

 

ラボフ(Labov, 1972)は、この評価がストーリーの中に明示的に挿入されるだけでなく、ストーリー全体を通じて滲み出るような「二重の構造」を持つと指摘しました。

実際、クライエントが語る人生の物語も、その語り口や展開の中に自然と価値判断が含まれており、セラピストはそこに注目することで、クライエントが抱える問題の意味づけや再構成を支援することができます。

 

この視点から心理療法を捉えると、それは単に出来事を並べる作業ではなく、社会的出来事の評価を「解き明かし」、より満足のいく「再評価」へ導いていくプロセスとして位置づけられるのです。

 

 

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● 物語文法の限界と文化的多様性

 

物語文法は非常に有力な分析手法ですが、そこには注意すべき限界もあります。

たとえば、スタインやマンドラーらが提示した文法構造は、主にアメリカ社会を基盤とした研究に基づいています。

 

リースマンはこの点を指摘し、物語文法の前提となっている語りの形式や評価基準が、すべての文化圏に当てはまるわけではないことへの配慮が必要だと述べています。

 

異なる文化的背景を持つ語り手が、同じ「文法」を共有しているとは限らない――この視点は、ナラティヴを通じた支援を行う際にも、常に忘れてはならない前提といえるでしょう。

 

 

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● ナラティヴではないもの

 

本書では、ナイメイヤー(Neimeyer, 1994)の見解を引きつつ、「ナラティヴ」という言葉を厳密に定義しています。

つまり、「語られる物語」をナラティヴと呼ぶのであり、心理療法で展開されるすべての行為がナラティヴであるとは限りません。

 

たとえば、情報収集や助言、問題解決スキルのコーチング、心理検査などの活動は、ナラティヴ的ではないとされます。

また、数学的・論理的な情報処理、あるいは感情そのものも、ストーリー構造を持たないという点でナラティヴとは異なります。

 

加えて、ケリー(Kelly)のように人間の解釈を「比較の次元」から捉える視点は、ナラティヴの前提条件にはなり得ても、それ自体がナラティヴであるとは言えないのです。

 

このように、本章の後半では、「ナラティヴ的でないもの」を明確に区別することで、ナラティヴという概念を過度に拡張することの危険性を戒めている点が印象的です。

 

 

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