私はこの25年以上、コンビニエンスストア業界という現場の最前線で、多くの若者や仲間たちを見てきました。
今回は、その中でも特に 20代後半〜30代前半の“フリーター世代” について、少しだけ本音で語ってみたいと思います。
■ かつて「世の中を舐めていた」ある若者の話
今から約30年前。世の中を心底ナメていた男がいました。20代前半、大学受験に失敗し、就職のタイミングも逃し、
「何とかなるだろ」
「人生なんて適当でいい」
そんな甘い気持ちでコンビニバイトを始めたフリーター。
最初の頃は、右も左も分からない分、一生懸命やるんです。
でも1年、2年と経つと、ある程度仕事も覚える。
すると、だんだん変な勘違いが始まる。
「店長もオーナーも無能」
「俺が社員になれば最強」
「俺の方が出来る」
はい。
その勘違い野郎は、この私です(笑)
■ 初めて「責任」を負わされた瞬間に崩れた自信
その後、紆余曲折を経て社員になりました。
そして初めて「責任ある仕事」を背負った時――
思い知りました。
立場が違えば、見ている景色も違うこと
責任が乗ると、仕事の重さがまるで変わること
「出来るつもり」と「本当に出来る」の間には、とんでもない差があること
正直、鼻っ柱をへし折られました。
でも、そこから必死に努力した時間こそが、今の自分を作ってくれた。
今振り返れば、あれは間違いなく「モラトリアムからの脱却」の瞬間でした。
■ では、今の青年たちはどうだろう?
最近の青年期フリーターを見ていて感じるのは、
責任ある立場に立たないまま、
ただ“安全な場所”にとどまり続けてしまう人が増えた
ということです。
もちろん、
フリーターが悪いわけではない
モラトリアム(猶予期間)自体も悪ではない
むしろ青年期には
立ち止まり、自分を探し、悩む時間は必要です。
でも、問題はそこに “挑戦” が無いまま年月だけが過ぎていくこと。
■ 心理学でいう「モラトリアム」とは本来何か
心理学(エリクソン)では青年期は
「アイデンティティ(自分は何者か)を確立する時期」
そして「モラトリアム」とは
社会に踏み出すための“準備期間”
のはずなんです。
ところが今は
現実から避難する“避難所”
あるいは
“永久待機ルーム”
みたいになってしまう人が増えている。
■ だから一度でいい。「責任ある場所」に手を伸ばしてほしい
私は運良く、“責任を背負って折られる経験”をしました。
そして、折れて、悔しくて、情けなくて、そこから這い上がることで初めて、
「ああ、俺は社会に生きてるんだ」
と実感できた。
だからもし今、
フリーターという立場で立ち止まっている人がいるなら。
無理に成功しろなんて言わない。
逃げたっていい。
失敗したっていい。
ただ――
一度でいいから、責任ある立場に挑戦してほしい。
それは店長でも、社員でも、リーダーでも何でもいい。
そこで折れても構わない。
でも、その経験は必ず心に残る。
そしてそれは、
次に進むための“力”に必ずなる。
■ 最後に
青年期のモラトリアムは、
“逃げ場所”ではなく
“未来への助走”であるはずです。
もし今、迷っている人がいるなら。
もし昔の私のように、
「このままでもなんとかなる」と思っているなら。
一度でいい。
社会に向かって拳を振り下ろしてほしい。
負けてもいい。
折れてもいい。
でも――
戦った人間にしか見えない景色が、必ずある。
今日はこの辺で。
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